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ゆっくり・きょろきょろ 旧北国街道・旧北陸道を歩く 
旧北陸道 その

小杉宿-高岡宿-立野宿-福岡宿
  
旧北国街道・旧北陸道を歩く トップページ (目次)
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区間 宿場間計算距離 GPS測定値 歩数計 備考
小杉宿-高岡宿 9.71 km 11.65 km 14,235 小杉: GPS、歩数は駅入り口交差点
高岡宿-立野宿 5.47 5.97 7,717 立野: GPS、歩数は長久寺入り口
立野宿-福岡宿 3.46   3.67   4,942    福岡: GPS、歩数は駅入り口交差点
合計 18.64 km 21.29 km 26,849
高田宿からの累計 163.89 km 184.05 km 269,332
追分宿からの累計 298.52 km 331.34 km 481,401 GPS測定値と歩数には、寄り道、道の間違いロス分を含む
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2011年10月
   
小杉宿から高岡宿、立野宿を経て福岡宿まで
  
 美しい田植えの季節に歩いた前回から、季節が秋に飛んだ今回、いよいよ加賀入りを目指すことになる。
    
    
まずは前回の終点であった小杉宿を出発した
  
高岡に入る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 高岡・金屋町
 旧北陸道が高岡の中心街を出て千保川の横田橋を渡ってすぐ、街道を外れて右手に入ると、格子の屋並みが続く金屋町がある。 実は、北陸道で高岡を通過したときには、この街を知らなかった。今回の旅を終えた日の翌朝、金沢からの帰り道に途中下車して北前船の伏木に行ったのだが、伏木から高岡に戻ったあと、予約した特急までの2時間を使って、急きょこの金屋町に寄ることにしたのである。
 「千本格子の家並み」として高岡の観光案内地図の端の方にかろうじて出ているこの街は、前田利長公が隠居して高岡に移り住んだとき、大阪堺から鋳物師を呼んで始まった高岡鋳物の発祥の地である。 この街には、今も銅器など金属器の製造販売の工場や店が多いようだ。 鋳物資料館もある。 モダンな石畳に、格子の家並みが見事に続いている。
 伏木からは路面電車「万葉線」で戻ってきた
 
 棟に平行な構造部材である桁を外部にも据えて大きく、深い庇を支える構造である出桁や袖壁はおなじみの形であるが、この金屋町の町屋では、どこも1階の庇の上に角材を打ち付けてあることに気付いた。 呼び名もその役目も知らないが、あるいは雪止めのためであろうか
 
   
 
  
金屋緑地公園にて

  
再び 旧北陸道に戻って
  
  
  
越中の民家・アズマダチ そして 小屋根の正体
 船見宿や宇奈月から三日市に向かう散居村でも見た、白壁に柱、梁、貫が美しい格子の大破風造りは北陸の風景によく合って美しい砺波平野の散居村では、屋敷林・カイニョに囲まれて、この大破風の家は力強さと風格に満ちていた。以前に砺波平野を旅したときから心を寄せていたこの建物は、今回も金沢までの間、旧北陸道の風景に次々に現れて楽しませてくれた。この越中から加賀に分布する大破風の家を「アズマダチ」と呼ぶことを今回初めて知った。
 実は、今回歩きながら、信州中山道を歩いたときに塩尻宿近くで見て圧倒された「本棟造り」と大変よく似ていると思った。いや、おそらく構造的には殆ど同じだと思われる。ただ、信州の西部から南に分布する「本棟造り」は石を載せた板葺きの屋根であることと、「烏おどし」とか「雀おどり」と呼ばれる独特の棟飾りを持つ大屋根であることが特徴であり、あるいは、そういう条件で初めて「本棟造り」と呼ぶのだといわれる。庄屋など、特定の人たちにしか許されなかった構造であったためかもしれない。
ゆっくり・きょろきょろ旧中山道を行く・その11・下諏訪から洗馬 参照
 その「本棟造り」と越中から加賀に分布する「アズマダチ」との関係はどうなのだろう。「アズマダチ」はそもそも、江戸のころの金沢の武家屋敷のデザイン「アズマダテ」(建築用語辞典によると「あずま建て」)を、明治以降、昭和にかけて農家や町屋に取り込んで発展したとも言われる。しかし、納得できる説明はまだみていない。そもそも「アズマ」とは何だろう。建物が東を向いているからという説もあるらしいが、調査によってこれは否定されている。当然だろう。素人の思いからは、東国から来た造り、あるいは東国風の造り、と想像したいところである。東(あずま)とは、時代によって変化するが、箱根から東をいうようになる以前、奈良時代にはすでに遠江や信州から東の地方を差していたから、信州の「本棟造り」と関係があると考えても不自然ではないと思うのだがどうだろう。なお、「烏おどし」とか「雀おどり」と呼ばれる棟飾りは、フォッサマグナ沿いに分布しているという。(吉田桂二:町並み・家並み辞典、東京堂出版)
 この「アズマダチ」も中山道や飛騨街道などを通して越中や加賀と信州で文化が行き来した証のひとつなら面白いのだが。

 高岡の街を歩いて、土蔵造りの町並みを楽しんでいるときに気付いたことがある。瓦屋根の上に、小屋根が載っているのだ。旧東海道の近江や京都でよく見かけた炊事用の煙を出すための「煙出し」
とはちがうし、旧中山道の上州や信州で見た養蚕用の換気に使う「気抜き」や「越屋根」とも違う。呼び名も機能もわからず、気になっていたが旅の間、聞きそびれてしまった。後で、高岡の「土蔵造りの街資料館」に聞いてみた。その資料館の隣の井本商店の屋根にもあることを記憶していたからである。答えは、「天窓」とのこと。明りとりだった。拍子抜けである。確かにガラス張りである。しかし、わざわざ小屋造りにしている理由はわからなかった。雪対策かもしれない。いろいろとお国柄はあるものである。
  
アズマダチの木組みが美しい
福岡宿の家並みに入る
  
   
    
  
  
     
   
この日の終点、福岡宿である ここにも小屋根の天窓がある
 

福岡は街道の雰囲気をよく残す美しい家並みがある
菅笠の産地という (
福岡で見つけたポスター)
 

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