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ゆっくり・きょろきょろ 旧中山道を歩く
その1

日本橋-板橋宿−蕨宿
  
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区間 旧中山道里程表 カシミール3D 歩数計 備考
日本橋-板橋宿 9.8 km 10.2 km 16,072 板橋宿:・・・・板橋橋上  
板場宿-蕨宿 8.9 9.6 13,103 蕨宿・・・本陣跡
合計 18.7 km 19.8 km 29,175
日本橋からの累計 18.7 km 19.8 km 29,175 日本橋からの累積標高 : 56m
route_map
2007年4月


日本橋から板橋を経て蕨宿へ
この日、この時間帯に日本橋から中山道に向かった人が他にもいる。 17人の中高年グループが賑やかに写真を撮りあっている。 全員が一緒に歩くのではなくて、次の集合場所を決めて、そこまでは自由に歩くらしい。 我々が来る前に、女性3人連れが出発したそうだ。 

東海道のときは、夕方4時にネクタイ姿でスタートを切ったが、今回は家内と二人で、朝9時30分に歩き始めた。 やや緊張しての出発である。
  


なぜ中山道か
 旧東海道を歩いて、自然の美しさばかりでなく、街道独特と思われる文化が今も暮らしに溶け込んでいる美しさに感動した。 歩くつらさを忘れて大きな満足感を得た。 この喜びをもう一度味わいたくて、街道歩き続けることにした。 他の街道も候補には挙げたが、迷うことなく旧中仙道を選んだ。 自然と伝統のスケールの大きさがその理由である。

 楽しみにしていることは三つ。
 まず、美しい自然である。東海道とはちがい山の中の道である。 街道から多くの名山も見えるはずである。 花の咲く高原地帯も通過するだろう。 深い森の中の道もあるはずだ。 アップダウンがかなりきつそうだが、東海道で鍛えた足腰が役立って、じっくり楽しませてくれるだろう。

 次に、今回も街道沿いの伝統文化の美しさを味わいたいことである。 驚くほど残っていた東海道沿いとはまた異なる伝統が、民家の形や家並みに、そして生活に表れているはずである。 特に信州の街道沿いの民家が楽しみである。 暮らしに密着した木の文化が濃密に残っていることを期待している。 また、東海道で見たような、京の文化が街道沿いに下って浸透していったらしい跡が、中山道ではどうなのか、何が違うのかが興味深い。

 三つ目は、自分なりの新しい発見への期待である。 それが何かは分からないが。 69もある宿場の中には聞いたこともない名前がたくさんある。 どんな宿場で、何が待っていてくれるのだろうか。 宿場と宿場の間の街道には何があるのだろうか。 どんな人に会えるのであろうか。 楽しみである。

 当初は、東海道の帰り道として京都から東を目指すことも考えたが、やはり京都を目指すことにロマンがあるように思えて変更した。 東からの碓氷峠や和田峠のきつさを危惧しつつも、克服してみたい気持もある。 そして、東海道歩きのときと同様に、最初は日帰りで気楽に始めたかったのも本音である。 気楽にスタートとはいうものの、今回は最初から完歩を狙っているし、途中ではかなり苦労しそうだから、東海道のときのいいかげんな日本橋出発に較べれば、かなり緊張しての出発である。
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神田明神の甘酒で、旅のつつがなきことを祈願。本郷から巣鴨へ出ると、とげ抜き地蔵商店街が大賑わいで、「おばあちゃんの原宿」は顕在であった
板橋宿到着
中山道(右)と川越街道(左)の分岐点

                      
虫も板橋を渡る
見送る人も出迎える人もここ板橋宿までであった。 もっとも、出迎えを口実にして遊ぶのが目的だったとか。
江戸の四口の飯盛り女の評判は、品川、内藤新宿、千住、板橋の順で、「板橋と聞いて迎ひは二人減りと川柳にあるそうだが、艶めかしくてとても賑やかだったという



左に半分見えているのが志村一里塚の榎木。
この先、清水坂を下って、戸田橋を渡ると埼玉県である
戸田橋を渡って蕨宿へ
戸田の渡し場を行く船、今昔






蕨宿では、旧道に延々と、露店が準備中であった。 端の方には遠慮がちにフリーマーケットが並んでいた
    
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