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雪国の空に天ノ川! スカイランタン2016
新潟県・津南町 2016-3-12〜13

      
 3度目の新潟・津南町である。 一昨年6月の山菜採り、そして昨年3月と今回は雪まつりである。昨年は3メートル近い積雪だったが、今年は少雪で、まだら模様だったその雪景色に春を感じた。
 東日本大震災の慰霊のために始まり、あっという間に有名になったスカイランタンは、ディズニー映画「塔の上のラプンツェル」に登場したこともあってか、ネットでブレークして大勢の若者たち、若いカップルたちが押しかけた。遠く四国や韓国からのグループも来ていたという。ランタンは昨年の1500個から今年は2800個に増やしたものの、自分で揚げたいと希望した人の数に、まったく足らなかったようである。
      
 雪国・津南の雪まつり2015年 
  
 
  
   
 
   
   
   
氷点下4℃。 点火の合図を待つ人たち 
  
 
 二人一組でランタンを持ち、点火して温まるのを待つ。 カップルの願い事を書いたランタンもある 
  
 
 膨らんだランタンは手を放すと、すうーっと揚がってゆく。 感動の瞬間である 
 
 
 
 
 
 
 
 見上げると、見事な天の川が生まれている。 異空間にいるような錯覚を覚え、感動する 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
   
 
スノーボードジャンプ大会が行われたジャンプ台の上をランタンが飛ぶ
 
 
 花火の輪の中にも飛んで行く
 
 
 
 秋山郷・大赤沢
  塩沢出身の文人、鈴木牧之の名著「北越雪譜」(天保6年または7年出版:岩波文庫版は昭和11年に第1刷)の「秋山の古風」の冒頭を見る。

 信濃と越後の国境にあきやまといふ処あり、大秋山といふを根元として十五ヶ村をなべて秋山とよぶ也。秋山の中央に中津川といふありて、
すゑは魚沼軍妻有(つまあり)の庄をながれて千曲川に入る川也 川の東西に十五ヶ村あり。東の方に在る村は清水川原村 人家二軒あり、しかれども村の名によぶ 三倉村 人家三軒、中の平村 二軒、大赤沢村 九軒、(中略)・・、大秋山村 人家八軒ありて此地根元の村にて相伝の武器など持しものもありしが、天明卯年の凶年に代なしてかてにかえ、猶たらずして一村のこらず餓死して今は草原の地となりしときけり ・・(以下略)・・。

 同じ牧之の紀行文「秋山紀行」(現代語訳・磯部定治、恒文社)には越後側6村と信州側5村が描かれている。牧之が描いた天明期の秋山郷集落での生活は、同じ時代の牧之自身さえ驚いているのだから、現代の我々にとっては想像を絶する世界である。その一節「大赤沢」には、一家が山の畑仕事に出かけた留守を守る老人が牧之を迎えていう「昔はここへなど里の人がやってくるのは稀でした。第一食べ物なども若いときとは違い、ぜいたくになりました。昔は栃や楢をたくさん食ったものですが、今は粟や稗を多く食う家もあります。こうぜいたくがひどくなってはいけません。これには困ります。・・・」とある。この老人は村の長であるらしい。穀物は山を焼いて作る稗と粟だけだった。年貢代わりにサワラやヒノキの白木の盆が上納されたという。

 この秋山郷、越後側は津南町であり、秋山郷の入口は津南町の見玉である。眼病に効くと秋山紀行にも書かれた見玉不動尊がある。秋山郷は今も道路が狭く、厳しい環境ではあるが観光やトレッキングに訪れる人が多いという。渓谷美やもみじ狩りなどとともに、この幽玄な秘境を味わうことが目的であろう。一昨年の6月には途中の大赤沢集落の手前の吊り橋、見倉橋まで案内していただいた。なお、妻有という津南を含む古い地域名を牧之は「つまあり」と呼んだが、今は「つまり」と呼ばれているようだ。また、中津川が注ぐのは、千曲川ではなく信濃川である。かつては越後側でも千曲川と呼んだのだろうか。

  
 
 
 
  
津南の雪まつりは、ランタンを揚げる山側のニューグリーンピア津南前のスキー場のほか、
町の中心部、大割野にも特設会場が設けられて、雪の滑り台などがある。地元の火炎太鼓、十日町の大太鼓なども披露された
 
  
  
 
  
  
 
  
 
  
  
  
 
 赤沢神楽
  鈴木牧之の描いた秋山郷の大赤沢には、鬱蒼たる古木に囲まれた神社があり、牧之が村人に尋ねると、秋山のどの集落も平家の落人の末裔であるといわれるが、ここだけは八幡大菩薩が氏神だという。その神社が今の津南町赤沢地区にある八幡宮であり、そこに津南町無形民俗文化財に指定されている赤沢神楽(ここからリンク)が今も伝わっていることを知った。これで牧之の異次元の世界と現実の世界とがやや近づいた。
  
 
 スカイランタンの会場近くの「かまくら神社」(右の大きなカマクラ)。縁結びの神とのことで、若いカップルの長い行列にびっくりした 
  
  
  
          
 
 どうろく神
  雪まつり会場のマップに「どうろく神」、そして、まつりのプログラムには「伝統行事(どうろく神、天狗)」と書かれているのを見つけて少々興奮した。旧中山道や旧甲州街道などの旧街道歩きをしていて道祖神に興味を持ち、いささか勉強してきたからである。「どうろく神」とはいわゆる「道祖神」のことであるが、今まで「どうろくじん」なる語は、集めた調査資料の活字で見るだけだったので、初めての出会いとなると期待したのである。道祖神は、東日本を中心として全国に広く分布しているが、これを「どうろくじん」や「サエノカミ」「サイノカミ」などと呼ぶ地域がある。出かける前に、その分布図を確認して、信州の北半分、松本のある中信地方から佐久などの東信地方、そして飯山や長野のある北信地方では「どうろくじん」と呼ぶ地域が広がって、これが越後の南部、すなわち津南などの妻有地域に続いていることがわかっていた。その通りだったようだ。ただし、同じ資料によると「道祖神」や「サエノカミ」との呼び方もこのあたりに分布していて、濃淡はあるが「どうろくじん」と混在しているのである。文化が伝わる過程や変化する過程で「混在」は当然なのだが、ややスッキリしないところがあった。今回、その謎が解けたような気がしたのである。

 すなわち、今回の雪まつり会場の「どうろく神」は、思い描いていた姿とは違うことがわかったのである。夕食前にマップをたよりに雪まつり会場付近に「どうろく神」を探したのだが見当たらない。そこで近くにいた地元の人に聞いたところ「あれです」と指差されたのが円錐形に藁を束ね上げた「おんべ」だったのである。「どんと焼き」とか「おんべ焼」「左義長」と呼ばれる小正月の火祭りのときに燃やされる、藁や正月飾りを円錐形に高く束ねたものである。アッと思った。石像の「どうろく神」を探していたのだが、そうではなくて、ここでは火祭りの行事のことを「どうろく神」と呼んでいるのだった。

 帰ってからもう少し調べてみたところ、予想通り「どうろくじん」の分布のある信州の飯山地域では、「おんべ焼」や「どんと焼き」とも呼ばれる火祭り行事を称して「どうろくじん」と呼んでいることがわかった。飯山と津南は千曲川・信濃川によって連なる、文化的には交流のあった地域であるから、両地域とも同様の伝承があるのだろうと理解できた。今回、我々を案内をしてくださった地元、津南出身の方が、津南では「道祖神は道祖神であって、どうろく神とは言わない」と話していたのもこれで納得できる。この地域では、石の路傍神は「道祖神」であり、道祖神祭りである火祭り行事が「どうろく神」なのである。なお、後で聞くと、かつて、この会場付近には小さな集落に通ずる細い道が通っていて、集落の境界には石造りの「道祖神」があったとのことで、今もこの会場のどこかにそれが残っているという。しかし今は、雪に埋もれているのである。

 さらに、まつりのプログラム「伝統行事(どうろく神、天狗)」の天狗は、実は「赤沢神楽の天狗」だとわかった。先に書いた、鈴木牧之が描いた赤沢集落の赤沢八幡宮に残る神楽に登場する天狗が、細長い藁の束に火をつけてぐるぐる振り回しながら舞い、最後に「おんべ」、いや「どうろく神」に火をつけて燃やすという演出であった。夕食と重なる時間帯であったために、残念ながらそのイベントを見ることができなかったが、一昨年の雪まつりでのこの「どうろく神・天狗」の動画がYoutubeで紹介されている(ここからリンク)。あらためて納得しつつ映像を楽しんだ。
 
  
  
意外にも、これが「どうろく神」であった。(上記コラムを参照)
この1時間ほど後には、「赤沢の天狗」によって燃やされたはずである
 
   
          
 春の息吹
  スカイランタンの翌日、好天に恵まれて、雪国の春を味わった。例年の3分の一という積雪だが、野原や田畑はまだ白銀の世界である。縄文の時代や農業の世界を体験する体験実習館「なじょもん」の庭や、雄大な柱状節理で苗場山麓ジオパークに認定された「石落し」を中津川越しに望む見玉公園で、その春の息吹を感じてきた
              
       
   
 魚沼型中門造り(馬屋中門)だろうか 東北地方の曲屋に似ているが基本構造が違うそうだ
   
   
雪割り屋根が、どこにもごく当たり前のようにある   
   
 
 「なじょもん」の縄文竪穴住居 
   
   
  
   
   
    
   
 
   
   
 
    
   
   
   
   
   
    
   
 
 見玉公園から中津川越しに見た石落し(柱状節理)
 
   
   
   
   
    
   
 
    
   
   
 
            
  鈴木牧之が「古の風俗がおのづから残れり」と言った秋山郷の幽玄の世界に通ずる、伝統や文化が残る美しい世界を、そして、若者を引き込んで地域を盛り上げる努力が美しい世界を、美しいランタンの天の川のもとで感ずることができてうれしい旅であった。
 津南町のみなさま、そしてこの旅にさそってくださった我が町のみなさま、ありがとうございました。
               
  スカイランタン会場のニューグリンピア津南      秋山郷などの新潟県・津南町
 
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