| 開始日時 | 2008/05/18 06:37:12 | 終了日時 | 2008/05/18 16:29:33 |
| 水平距離 | 26.40km | 沿面距離 | 26.81km |
| 経過時間 | 9時間52分21秒 | 移動時間 | 7時間02分15秒 |
| 全体平均速度 | 2.72km/h | 移動平均速度 | 3.68km/h |
| 最高速度 | 8.28km/h | 昇降量合計 | 1205m |
| 総上昇量 | 648m | 総下降量 | 557m |
| 最高高度 | 562m | 最低高度 | 279m |
| 地点名 | 通過時刻 移動時間 | 積算距離 区間距離 | 平均速度 | 標高 獲得標高 | 平均勾配 |
|---|---|---|---|---|---|
| START | 06:37:12 | 0.00km | 349m | ||
| 00:00:00 | 0.01km | 0.0km/h | ↑0m ↓0m | 0.00% | |
| 坂本立場をスタート | 06:40:07 | 0.01km | 349m | ||
| 01:07:19 | 4.54km | 4.0km/h | ↑62m ↓113m | -1.14% | |
| 大井宿本陣 | 08:11:04 | 4.55km | 284m | ||
| 00:44:53 | 2.87km | 3.6km/h | ↑48m ↓7m | 1.46% | |
| ここから十三峠 | 09:18:24 | 7.41km | 339m | ||
| 03:15:51 | 11.56km | 3.4km/h | ↑407m ↓249m | 1.39% | |
| 大湫宿脇本陣保々家 | 14:06:04 | 18.97km | 514m | ||
| 00:21:50 | 1.26km | 3.3km/h | ↑6m ↓12m | -0.48% | |
| 琵琶峠入口 | 14:32:26 | 20.23km | 507m | ||
| 01:28:09 | 6.32km | 4.2km/h | ↑81m ↓163m | -1.31% | |
| 細久手・築150年の大黒屋 | 16:16:07 | 26.55km | 431m | ||
| 00:04:13 | 0.26km | 3.0km/h | ↑6m ↓0m | 2.32% | |
| GOAL | 16:29:33 | 26.81km | 435m |
2008/05/18 06:40:07
宿泊した中津川から電車にひと駅乗って、昨
日の終点から再スタートする。坂本立場跡の
「馬の水飲み池」横である。今日の宿泊先で
ある細久手の大黒屋の奥さんが、電話で、
途中に店がないので、必ず昼食を持って出か
けるように、とのアドバイスをくれた。朝、ホテル
のチェックアクトは6時から。徒歩7分の駅の
コンビニの開店が6時15分で、6時20分発
の発車まで5分しかない。ここでしか弁当が調
できないことを前日確認したから、必ず時間
通りに店を開いてくれるよう、頼んでおいた。
切符を買ってから開店を待った。順調に事が
運び、無事握り飯を入手できた
2018/06/16 10:05:32
2008/05/18 08:11:04
大火で焼失し、この門だけが残ったという。
ほとんどの宿場が、再三の大火に見舞わ
れている。明治以降や昭和に入ってから、
そして、ここのように戦後、昭和22年に、
というところもある。残念なことである
2008/05/18 08:14:33
庄屋であった有力な商家、古山家は資料館に
なっている。5種類の格子の組み合わせが美し
い
2008/05/18 08:17:31
入口のドアをなんとかできないだろうか、
と思うのだが
2008/05/18 08:27:34
このごろよく見かえる風景だが、特に、
木曽から美濃に多いようだ
2008/05/18 08:31:02
この近くに広重美術館があるが、パスした
2008/05/18 08:40:14
和宮降嫁の後、ここで事件が起きた。ここに
滞在していた悪徳代官が切られたのだ。
裁判で代官が負けたという
2008/05/18 09:18:24
きついアップダウンの始まりである。 気持
ちよく、元気よく登り始めたのだが・・・
2008/05/18 09:23:00
全国行脚の帰路、恵那で三年間過ごしたとい
われる西行にまつわる史跡がいろいろあるが、
ここは、金色に輝く阿弥陀如来が見えた坂(今
の西行坂)に竹林庵を結び、ここで入寂したと
いわれ、村人が遺言通りにこの五輪塔を立て
たと伝えられる。ただし、終焉の地には諸説が
あるという
2008/05/18 09:37:46
この槇ヶ根一里塚をはじめ、この辺りの一里
塚は、どこも見事に両側の塚が残り驚かされ
る。
2008/05/18 10:01:38
伊勢参りに行く人は、ここから左側の下街道
に向った。伊勢神宮遥拝所もこのそばにあっ
て、ここで遥拝する人もあったという。
2008/05/18 10:15:15
夏の暑い日に、二人の中間がここで眠ってし
まった。気付くと一人が首を切られて死んで
いた。驚いたもう一人が「黙ってみているとは
なにごとか!」と、地蔵様の首を切り落として
しまったという。 以来、首をつけようと何人か
が試みたが、どうしてもつかなかったそうだ
2008/05/18 10:17:44
急坂に、息が切れたからか、女性の着物の裾
が乱れたからという説もある
2008/05/18 10:48:13
「びやいと」とは枇杷湯糖で、枇杷の葉と
薬草を煎じたものらしい。ここにあった茶屋
で売られていた。この辺りは十三峠でも、
平らで実に気持ちの良い道である。しかし、
またすぐに坂になる
2008/05/18 10:51:44
紅坂は「くれないさか」、と読む
2008/05/18 11:49:44
2008/05/18 13:00:00
「炭焼きの五郎坂」を登り、石畳の「かしの
木坂」で、この権現坂一里塚が現れる。
ここも両側にしっかり残った一里塚である
2008/05/18 13:05:30
2008/05/18 13:22:05
難所十三峠を行く人々の道中安全と、この峠
で倒れた人馬の供養のために祀ったという。
2008/05/18 13:25:09
観音坂を下って行くと、杉林の中に立って
いる。水場の少ない十三峠で、伊勢の豪
商が通行中、夫人が急病になったがここの
水で助かったため、地蔵を建立した。地蔵
のうしろから水がわき、まるで地蔵様がお尻
を冷やしているように見えるので、この名に
なったという
2008/05/18 13:42:21
壬戌紀行によれば、八丁坂は「まがりまがり
てのぼり下り、猶三、四丁ものぼる坂のなを
とへば、しゃれこ坂といふ」とのこと。その後、
この山之神坂を下る
2008/05/18 13:47:43
まもなく大湫宿である
2008/05/18 13:54:39
壬戌紀行で南畝は、「細久手に似て、それよ
りも人家少なし」と書いている。江戸に向かっ
ている南畝は、これから十三峠を越えるので
腹を空かせてはまずい、とここで昼食をとった。
大井宿から御嶽宿までの間に宿がなく、不便
だったので慶長9年に作られたという。それまで
のルートは、この十三峠を通らずに、現在の
中央線の武並に近い道だったと聞いている。
この大湫宿は美濃十六宿の中では旅籠が多
かったようだが、これも、十三峠と琵琶峠に挟
まれているかららしい。ハイキングの人たちがい
たが、時代を間違える雰囲気の静かな町で
ある
2008/05/18 14:02:13
この左奥に本陣跡の小学校がある。
2008/05/18 14:06:04
立派な門構えの奥に、つし二階建てが見える
2008/05/18 14:10:37
樹齢1300年余りという、巨木で、県の
天然記念物に指定されている。最近の
落雷にも深手を負わなかったらしい。
壬戌紀行でもこの木のことが書かれてい
る。まさに大湫宿の象徴だ
2008/05/18 14:24:48
母衣岩と烏帽子岩は夫婦岩とも呼ばれる巨岩
である。これらだけでなく、この辺には巨岩があち
らこちらに山のような姿を見せている
2008/05/18 14:32:26
本日最後の難所である
2008/05/18 14:41:07
2008/05/18 14:47:38
ここも、琵琶峠の石畳道の両側にしっかり残
る塚である。
ここで、ルートマップを見てくださる方への重要
なお知らせである。
この八瀬一里塚を過ぎて細久手に向かうル
ートで、歩いた軌跡が右の細い道に入ってい
るが、これは間違いだった。ここまで東海自然
歩道と中山道が同じルートであったが、ここか
らは別ルートになることを後で知った。東海自
然歩道の標識に従ったための失敗である。
拡大したときに出る「国際犬訓練所」と書か
れたバス通りを行くのが正しい。途中、GPS
でルート間違いであることを確認し、急ぎ道
を変えたがロスをしてしまった。途中、畑仕事
の女性お二人の親切がうれしかった。標識の
不親切さで、間違える人も少なくないようだ。
ご注意を
2008/05/18 15:41:55
杜若おひしげれり、と南畝が書いている池で、弁財天の小さな宮が中島に立つ
2008/05/18 15:58:26
この塚も見事である。本日最後の一里塚で、
間もなく細久手だ
2008/05/18 16:16:07
有名な大黒屋旅館である。尾張藩の本陣とし
て藩主の定宿として使われた。約150年前の
建物である。卯建が上がっている。今夜は、
ここのお世話になる。
このすぐ先が本陣跡だが、今、標識だけである。