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雪の白川郷
 2005年1月末

雪の白川郷・高山・飛騨の里・五箇山・相倉合掌集落
など
       

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1月末、念願かなって雪の飛騨を訪ねた。
昔の雪靴をひっぱり出し、万全の防寒対策でまるまると太って、きわめてユーモラスな恰好だったにちがいない。
白川郷のライトアップが最大の楽しみであった。 今年は雪が遅れたが、12月末になって急に大雪がきたそうだ。 今回は結局、寒波と次の寒波のはざまに出かけたことになる。 やっと雪下ろしが終わったと思ったら、予報ではまた雪だそうだ、やれやれ、と地元で声が出ていた時期である。サングラスを持ってこなかったことを悔やむような、抜けるような青空が3日間続いた。 この、つかの間の暖かい好天で、分厚い防寒着をつぎつぎに脱いでゆことになった。

グループには写真愛好家も多く、中判カメラやレンズ群の大きな荷物を担いだ人も数人いたが、そのような人たちにとっては、降雪に霞む合掌集落を撮影できなくて物足らなかったかもしれない。 でも、青空に映える合掌の雪景色は、身が清められるような美しさであった。
こんな天気に恵まれたから、「スーパーあずさ」から見た八ヶ岳の全貌に始まって、行程中、物理的に見えるはずの山々は、すべてくっきり見ることができた(はずである)。もちろん北アルプスは、松本側と高山側の両方からその勇姿を見ることができた。 松本から安房トンネルを超えて高山に着いたとき、すでに町は暗くなり始めていたが、夕日に輝く笠ヶ岳や乗鞍岳に気付いて、部屋に駆け上って防寒着も脱がずに急いで窓越しにカメラをセットした。槍ヶ岳、穂高連峰、双六岳、黒部五郎岳が光っていた。
早朝の白川郷からの白山は、名前の通り白く輝いて実に美しかった。そして、高岡から、旅の最後に乗った特急「はくたか」からの立山も迫力満点で、富山に住む人たちを、今回ほどうらやましく思ったこともない。 列車のガラス越しにずっと見とれていた。
デジタル一眼レフでは、初めての夜景撮影や雪景色の撮影で、期待とともに不安のある撮影でもあった。 電池の防寒対策、ノイズ防止のための、ASA感度自動切り替えのOFFや、雪の多さや測光方式と露出補正の調整なども調べていった。 しかし、手抜かりがあった。 夜景撮影のカメラ調整時に、ペンライトを口にくわえてカメラの液晶表示パネルを見るはめになって、ヘッドランプの携行が重要であることなど、に気付いた。

ライトアップされた雪の合掌屋根は、闇の中でまぶしいほどに白さが鮮やかだが、むしろ切妻の障子窓の明かりの温かさにほっとする。
予定外の配慮が得られて、翌朝、荻町城址の山上から、朝日に輝く白山をバックに雪の白川村荻町の全貌を展望することができた。 これは、なんとも豪華で、まるで巨大な絵であった。
ちょうど朝日が荻町の中心部にかかり始めるころで、上から見ると、前夜、ライトアップして幻想的な姿を見せてくれた和田家が、まるでスポットライトを浴びて登場してきたように、朝日に照らされ始めたところであった。
早朝から木々は霧を浴びて霧氷をつくり、見事に輝いていたが、近寄ってみると、朝日浴びてみるみるうちに消えていった。
以前、訪れたときに和田家は、コスモスの花に囲まれていた。
今回の、ライトアップの夜景と朝日に輝く雪景色をあわせて、3色の情景を見せてもらったことになる。
富山県側に入って、五箇山・相倉合掌集落にも寄った。 店ひとつない、静かな合掌の里が雪に埋まっていた。 次回は、ここの民宿のやっかいになって、真っ暗の本当の合掌の雪夜を体験したいものである。
合掌の集落、建物は、地元の方々の生活の場そのものであるから、昼も、夜のライトアップも、地元の方々の生活を邪魔することになる。観光誘致の是非論議が続けられているし、カメラマンなどとのトラブルもたびたびあるという。
誇りある世界遺産登録が、複雑な状況をもたらしているということのようだ。 観光資源としての立場もあって、地元は苦しんでいるという。
厳しい制限のおかげか、懸念していたほどの混雑ではなかったが、確かに、かなりの人出であった。 できるだけお邪魔しないよう、静かにしてきたつもりだが、歩きまわること自体がすでに問題であろう。お詫びしたい。
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