難所の笹子峠に5本のトンネル
        
 甲州街道最大の難所といわれる笹子峠が目前である。これまで歩いてきた旧東海道の箱根峠、旧中山道の碓氷峠、和田峠や十三峠、旧北陸道の木の芽峠など、旧街道の難所といわれた峠を前にしたときの緊張感を思い出す。これらの峠に比べて、標高差や累積標高差、距離などから、この笹子峠はさほど難しくはないように思える。しかし、なんといっても天下の難所である。厳しいがゆえに、甲斐の文化を大きく二つに分ける境となったのが、この笹子峠を含む山系なのである。

 難所の笹子峠に、道路や鉄道を通すときにもかなり苦労したようだ。中央本線の笹子トンネルを掘るときには、ルートの選択に議論があったらしい。明治20年に静岡県の御殿場から甲府を経て松本へ至る甲信鉄道の案が出た。これは甲府から東に進んで、ケーブルで車両を牽引するインクラインを設けて精進湖へ出る。そして、籠坂峠経由で御殿場に至るという計画だったらしい。さすがに、これは技術的に困難との判断で消えたようだ。その後、中央本線の計画が提案されたが、ルートとして、まだ御殿場発の案が残っていたらしい。笹子峠付近は、南にある摺針峠を越えるアプト式の導入や、笹子付近を避けて、大月から南下して富士吉田を経て河口湖へ出て御坂峠を越え、石和につなぐ遠回りの案もあったという。この笹子峠付近が近代にいたっても、いかに難所であったかがわかる経緯である。そして今、下の地図の一番下、黄色い線の部分をリニア新幹線の実験線が走っている。アブト式案もあったという摺針峠付近の地下を抜ける、これも呼び方は「笹子トンネル」である。隔世の感がある。



 地図を見ていただくとわかるが、「笹子トンネル」は5本ある。どのトンネルにも、当然ながら、同様に貴重な歴史があるのだろうが、今回歩く、青い線で示した旧甲州街道にはトンネルはまったくない。その旧甲州街道が笹子峠を越えるとき、その直下に、かつて国道20号線だった県道212号線の「笹子隧道」がある(「笹子峠」の下にピンクで表示している)。これは有形文化財に指定された、240メートルの短いトンネルである。道路ではもっとも古いトンネルだが、鉄道のトンネルである現JR中央本線の笹子トンネル下り線が明治36年開通ゆえ最古である。
以下、古い順に並べてみる。
 1.JR中央本線 笹子トンネル 全長4,656 m 1903年(明治36年)2月1日に開通、単線
   新笹子トンネル全長4,670 m 1966年(昭和41年)が開通して上り線となり複線化
 2.県道212号線 笹子隧道 239メートル
   1938年(昭和13年)に開通し 1952年(昭和27年)には、この道が国道20号となった。
   新笹子隧道が無料化された1971年に県道となった 
 3.国道20号線 新笹子隧道(新笹子トンネル)ーー1958年(昭和33年)完成・
   有料道路。1971年から無料化  全長2,953メートル 老朽化により西側に増設計画中
 4.中央自動車道 笹子トンネル 1977年(昭和52年) - 供用開始
   下り4717 m、上り4784 m 中央自動車道では恵那山トンネルに次いで2番目に長い
   2012年12月2日、上り線大月出口から1508メートル付近で天井版崩落。車3台が
   下敷きとなり、死者9名の惨事に
 5.リニア実験線 笹子トンネル
   供用されているのは5,983 m(全体はもっと長い)

 これまで歩いてきた甲斐の東側「郡内」地区から、この笹子峠を越えて、西の「国中」地区に入ることになる。文化圏でいえば関東から中部にはいるというほど大きな違いらしい。果たして、その差を実感できるか。少なくとも「ナヤシ言葉」には出会えるだろうと思うのだが。
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   <参考資料> Wikipedia 他