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ゆっくり・きょろきょろ 旧北国街道・旧北陸道を歩く 
旧北陸道 その13

松任--動橋
  
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区間 宿場間
計算距離
GPS測定値 歩数計 備考
(柏野)-粟生 11.44 km 6.39 km 8,714 宿場間距離は松任-粟生間(前日の松任-柏野を含む)
粟生-寺井 2.48 2.78 3,611
寺井-小松 6.37   6.54   9,286  
小松-月津 8.25   9.89   12,549    
月津-動橋 3.31   3.30   4,491    
 動橋-(加賀温泉駅裏)     3.86   5,281    
合計 31.85 km 32.76 km 43,932 宿場間距離は松任-柏野間を含む
高田宿からの累計 244.04 km 274.95 km 393,059
追分宿からの累計 378.67 km 422.24 km 605,128 GPS測定値と歩数には、寄り道、道の間違いロス分を含む
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2012年5月
   
松任から動橋まで
  
 前日の終点、柏野から小松を経て動橋、そしてその先の加賀温泉駅裏まで歩いた。
北前船ゆかりの山中温泉に行くためである
    
     
 手取川橋
   
 
粟生、寺井宿 
寺井宿が近づいたとき、街道歩きの達人に出会った。今回の旅唯一の出会いであった。
大阪のrokuさんである(map 参照)。一気に青森を目指しておられ「どこまで行けるか」とのことで驚いた
 
 寺井
    赤瓦が目立ってきた    
  
赤瓦あれこれ(その1)
 
 芭蕉ゆかりの全昌寺
 金沢城下を離れて、松任あたりから赤瓦が見られるようになった。この後、小松、大聖寺へと進むにつれて赤瓦は増えて行く。これらは加賀赤瓦と呼ばれるらしい、つやのある赤瓦である。小松から先では寺の屋根も赤瓦である。特に、奥の細道で芭蕉と曽良が一日違いで泊った、大聖寺にある全昌寺の赤屋根は鮮やかで見事である。北前船の船主村だった橋立も赤瓦が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された家並みの特徴の一つとなっている。

石川県立大聖寺高校の正門 
上記、全昌寺や寺井の瓦などと、色や光沢がちがう

 話しが前後するが、橋立に向かう前に歩いた大聖寺の旧街道沿いに、北前船船主の力を得て創立した旧制中学や高等女学校の歴史をつなぐ石川県立大聖寺高校がある。我が家の近所に住むその高校のOGが、校門をぜひ見てきなさい、というので注目していた。旧前田藩邸だった東大の赤門をイメージして平成2年に建てられたヒノキ造りだが、立派な赤瓦が載っている。ところが、その説明に困惑した。「越前・宮崎村の陶芸家によって焼かれた還元焼成赤瓦の古風な屋根」という。加賀の高校なのに越前の技術を利用したというところにもやや驚いたが、それはさておき、問題は「還元焼成」という点である。これまで、ボヘミアの旅の記録の中の「ヨーロッパの赤瓦屋根」に書いたように, 黒瓦は還元焼成でしっかり焼きしめた水分に強い瓦であり、赤瓦は酸化焼成で低コストだが吸水性が大きい素焼きゆえ多雨の地域には向かないこと、しかし、釉薬に来待石を使った釉薬をかけて焼くことによって美しい光沢のある、雨や凍結に強い赤瓦が得られ、石見の石州瓦として日本海側に広がりつつあると聞いていた。だから、ここまで見てきた加賀の赤瓦はこの石州瓦系だろうと思って納得してきた。ところが、大聖寺高校の正門の赤瓦は光沢がなく、明らかに釉薬を使っていないように見える。だから、耐水性のない酸化焼成による素焼きの赤瓦だろうと思ったのである。ところが還元焼成と書かれている。
悩んでしまった。

 帰って、調べてみた。大聖寺高校校門の瓦はどうやら伝統的で高度なテクニックを使ったらしい。釉薬なしでも緻密で吸水しにくく、しかも赤色を発色させることができるという。すなわち、はじめ還元雰囲気で焼いたあと、酸化雰囲気で焼くなどの方法らしい。 福井県瓦工業組合のページによると、「耀変瓦」と呼び、「高温還元焼成により、無釉でありながら、吸水率・強度等の品質は遜色なく、素朴な色彩感覚で品格の上にも落ち着きを醸し出す」とある。もちろん赤瓦である。なお、「越前赤瓦」という言い方があるが、これについて調べると、酸化鉄を多く含んだ越前土(鉄釉)を水と灰で薄めてハケで瓦に塗り、その頃は越前焼の焼き物と一緒に同じ窯で焼かれていたとされ、今は途絶えた技法という。これは、耐寒性に優れ、紫がかった暗赤褐色の薄い釉がかかり独特の色調をおびているという。陶芸家が焼いた伝統的な技法という点から大聖寺高校の瓦はこれだろうか、とも思ったが、校門の写真を確認しても、素朴な風合いで釉薬は使われているように見えないし、明るいオレンジ色系の褐色で、暗赤褐色とは言い難い。

 結局、校門の瓦が実際にはどのような方法で作られたのかわからなかった。しかし、赤瓦と言ってもさまざまなタイプ、製造方法があるらしいことだけは分かってきた。
 
  
 
 梯大橋を渡ると小松の中心街に入る  
    
小松宿
本陣などの宿泊施設はなく、荷物をとり継ぐ問屋のみの御小休宿場だった  
 
   
小松市は伝統的民家を「こまつ町家」に認定 して保存に力を入れているようだ。多くの家に認定札が掲げられていた
 
 
 
   
 
  新築の建物も伝統的な格子、袖壁、霧除けなどがデザインされている 
  
      
 
  
 
   
 
 寺も赤瓦の大屋根と、透明で大きな雪除け壁
 
赤瓦あれこれ(その2)
 赤瓦についてさらに思った。今回の旧北陸道の3週間前にオランダ、ベルギー、ルクセンブルグの旅をした。そのときに屋根に注目していると、南に下るほど黒い屋根が多くなることが分かった。オランダは赤瓦が多く、ベルギー南部では黒が増え、ルクセンブルグでは殆ど黒である。ルクセンブルグでも材質はいろいろあるようで、瓦のほか、石板や現代の新材料もありそうだが赤い屋根は見なかった。オランダでは赤瓦が多いが黒瓦もある。黒瓦はコスト高ゆえ、豊かな人が使うと聞いた記憶がある。一人あたりのGNPが世界一を続けているルクセンブルグが黒瓦だからなるほどと納得した。さらに、オランダでは一軒の家で赤、黒の両方を使うところがあるとも聞いたので、観察して見ると、あちらこちらで見ることができた。たとえば、デルフトにあった。下の写真の角の建物と左奥の建物には赤と黒瓦の両方が使われている。
 オランダ・デルフトの赤瓦/黒瓦併用の家
 
ベルギー・ブルージュの黒瓦と見紛う赤瓦 
 こうした観察をしているうちに、赤瓦だと思うものの、ほとんど黒かと間違うほどの瓦が多いことに気付いた。ベルギーでも同様である。右下の写真はブルージュの住宅街で、黒瓦と見紛うほどの赤瓦が載っている。もともと、ヨーロッパの赤瓦は酸化焼成による素焼き瓦だろうから、汚れやすく、変色しやすいのだろうが、永いこと使うと殆ど黒瓦に近いほど変色するようである。そういえば、沖縄の赤瓦も同様に素焼きのために変色するので、最近は釉薬をかけた赤瓦に変わりつつあると知った。
 一番下の写真は福留あたりのお宅だが、張り出した1階部分の屋根は光沢のあるすっきりした赤であるが2階の大屋根は赤に黒が混じるまだら模様がある。改築か建て増しした部分は新しい瓦で、古い方がまだら模様の瓦かもしれない。

 しかし、思うのである。いつまでも新品同様の輝きを残す瓦は見事であるが、時を経て黒ずんできた瓦屋根、色ムラが出た屋根は建物の他の部分の枯れ味とマッチしてむしろ味わい深く、風格を感ずるものである。ヨーロッパの赤屋根の町で黒ずんだ赤瓦が多いのは、ひょっとすると、新築や葺き替えでピカピカの屋根でも、住む人や町の人は、むしろ年期を重ねてよい味が出るのを待っているのかもしれない、と思うようになった。いずれ確かめたいものだ。
福留あたりのお宅。さまざまな赤瓦色模様    

と思ってさらに調べると、日本には、わざわざ色ムラを出す焼き方があることを知った。瓦の焼き方の基本である酸化焼成と還元焼成は右か左かと明快に分かれるものでなく、焼いている間に両者を交互に利用したり、ばらつきによって一枚の瓦でも酸化雰囲気と還元雰囲気のところが出るので、色むらが生まれるらしい。逆にこれを利用して味のある赤瓦も作られているのだ。窯変瓦と呼ばれる備前焼と同じ原理とのことで、これによって単調な色彩ではない、古びなくても味のある屋根がつくられているようだ。上の福留の大屋根の瓦も、あるいは変色したのではなく、こうした凝った瓦なのであろうか。

 赤瓦といっても、作り方がさまざまで、釉薬がなくても焼きしめた赤色が出せるし、黒ずんだ赤瓦やムラのある瓦などもあるということだ。あるいはヨーロッパでも、古びただけでなく、意識的か、そうなってしまうのか、単純な色ではない瓦もあるのかもしれない。いずれにしても、耐久性を求め、豪華さを求め、あるいは風格のある味わい深い瓦を求めて、技を極める努力はこの赤瓦の世界でも続いてきたようだ。これらも、多彩な日本海側の文化のひとつであろう。
 
 
芭蕉が「むざんやな 甲の下のきりぎりす」と奥の細道で詠んだ多太神社  
 
           
動橋(いぶりばし)宿
  
 
田植えが済んだばかりの季節ゆえ、一面の水景色を予想していたが、どこでも、麦秋の光景が広がっていた。
減反政策のせいとか。 しかし、昨年の同じ時期に歩いた富山県では、これほどの麦畑は記憶にない。
    
 
 この元首相の森さん、石川県出身で、この後に行った橋立で産声を上げたとのこと
上の看板の意味は不明。このポスターを指しているようにもみえるが、まさか・・。
  
  動橋宿を通過して加賀温泉駅の裏まで先を急いだ。 北前船ゆかりの山中温泉に寄り道するためである

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