追分-田中

マーカーリスト

追分-田中#1

プロフィールマップ

GPSログ解析

開始日時2009/06/17 07:56:32終了日時2009/06/17 16:49:58
水平距離29.93km沿面距離30.27km
経過時間8時間53分26秒移動時間7時間04分16秒
全体平均速度3.40km/h移動平均速度4.20km/h
最高速度23.69km/h昇降量合計1081m
総上昇量322m総下降量759m
最高高度1009m最低高度521m

区間解析

地点名通過時刻
移動時間
積算距離
区間距離
平均速度標高
獲得標高
平均勾配
START07:56:320.00km 963m 
 00:25:281.87km4.4km/h↑43m ↓18m1.35%
起点の追分宿本陣跡08:22:001.87km 995m 
 04:07:3117.51km4.1km/h↑153m ↓469m-1.83%
小諸宿・本陣14:01:5219.38km 674m 
 02:31:1710.89km4.3km/h↑113m ↓256m-1.33%
田中宿で終了16:49:5830.27km 523m 

写真レポート


信濃追分駅から歩き始めた

2009/06/17 07:57:07

信濃追分駅から歩き始めた

朝、8時前に歩き始めることができた。4時起きだった。歩き始めると、林の中の道は肌寒いが、1000m近い高原だから当然だ



起点の追分宿本陣跡

2009/06/17 08:22:00

起点の追分宿本陣跡

ここが北国街道の出発点となる。高田を経て、鳥居本宿までの約590kmのスタートである



追分の別去れ

2009/06/17 08:36:33

追分の別去れ

前回通った中山道は左、今回の北国道は右を行く



2009/06/17 09:25:11

寄り道のために右折

ここは、まっすぐ進むのが街道。離れた馬瀬口一里塚(支道の一里塚と云われている)に寄るために右に曲がった。一里塚行きで、往復、約30分のロスである



2009/06/17 09:41:24

馬瀬口の一里塚

これが、寄り道した一里塚である。北国街道から分岐して塩野に向かう道だったらしい。2基が残されている



ちょっと脱線

2009/06/17 10:17:07

ちょっと脱線

浅間山が見えそうな気がして寄り道。しかし、残念ながらこの先の開けたところからも見えなかった



平原一里塚跡

2009/06/17 10:56:14

平原一里塚跡

ここには標識のみ。道祖神が守っている。小諸市に入った



2009/06/17 11:50:55

注意! 旧道が消えている

18号線の平原の交差点近く、車道の下をくぐって、18号線に合流できるかと思ったが、道がない。平原の交差点をめざすしかない。また、ここの前、軌跡が左に入っているのは道を間違えたため。分かりにくかったが、GPSで間違いに気づいて、損害は少なかった



小諸・本町の蕎麦屋

2009/06/17 13:43:54

小諸・本町の蕎麦屋

信州そば切りの店「そば七」。ここで昼食



小諸本町交差点を右に入る

2009/06/17 13:19:00

小諸本町交差点を右に入る

ここで直進したくなるが、右に曲がって、すぐに、蕎麦屋丁子庵前を左へ。もともと、小諸城の曲輪があったためという



2009/06/17 13:51:20

大手門へ寄り道

本来はここで、右に曲がって本陣跡に向かうのだが、少し先の小諸城大手門を見るために直進する



小諸城・大手門

2009/06/17 13:56:05

小諸城・大手門

街道から少々はずれている



小諸・市町の脇本陣

2009/06/17 13:59:48

小諸・市町の脇本陣

本町が、1742年の洪水でことごとく流失してしまったために、市町に問屋、本陣、脇本陣などの宿駅の機能は市町に移った



小諸宿・本陣

2009/06/17 14:01:52

小諸宿・本陣

本陣兼問屋である。洪水で流失した本町から移動してきたという



注意! ここで道を間違えた

2009/06/17 14:16:50

注意! ここで道を間違えた

この道案内を見たものの、栃木川沿いに曲がってしまった。ここは「国道18号線」方向に行かなければならない。ルートを記入してある手許の地図と照合すべきだったが、怠って坂の上り下りに約25分のロスをした。



本来、この景色は見えない

2009/06/17 14:22:52

本来、この景色は見えない

長い坂道を下って千曲川に近づき、広々した風景に出会って喜んだ。その直後、おかしいと思い、GPSで確認して間違いに気づいた。坂を上り直すことになり、大きなロスとなった



雷電為右衛門の碑

2009/06/17 15:57:47

雷電為右衛門の碑

佐久間象山による碑だが、破片を持っていたり、それを煎じて飲むと力持ちになる、と云われてみんなに削られて字が全く見えなくなった。そのため、再び、象山夫人、勝海舟、山岡鉄舟などが新しく建て直したという。その二つの碑が並んでいる。写真は削られた古い方



田中宿で終了

2009/06/17 16:49:58

田中宿で終了

1742年の大洪水で壊滅し、さらに復旧後の1867年に大火災で大半を焼失した。わずかに残った雰囲気も、最近の道路の拡張で消えたようだ。電柱がなく、宿場の雰囲気を新築の建物に残そうという努力は見えるが・・・。ここで、この初日の北国街道歩きを終了させることとした。宿は小諸にとった